なぜビジョンではなく、マニフェストなのか?

佐宗 ビジョン(今のマニフェスト)は、最初はどんなタイミングつくったのですか?

青木 初めて正社員採用をするときだったと思います。採用活動をするにあたって、「フィットする暮らし、つくろう。」というミッションをどう実現するかを説明できるようにしなきゃいけないと思ってつくりました。

たとえば国家を例にとるなら、国のミッションは「いい国をつくろう」ですよね。それに対して各政党が「どうやっていい国をつくるか」を明示するマニフェストを出すわけです。同じように、「フィットする暮らし」とはどんなもので、どうすればそこに近づけるかを、経営者としては示す必要が出てきたわけです。

佐宗 「自由」「平和」「希望」というマニフェストは、どういう発想でできたのですか?

青木 「『フィットする暮らし』をつくれない会社」ってどういう会社だろうと考えました。まずは「やるべきことはやる。やるべきじゃないことはやらない」と自ら選択できる「自由」がないと絶対無理だなと思ったんです。自分にフィットするものを選べないのに、他者にフィットを提供するなんてまず無理ですよね。
それから「平和」も欠かせません。望まない競争や係争に巻き込まれてしまうと、難しい課題を成し遂げることなんてできませんから。また、難しい課題には長期的に粘り強く取り組む必要がありますから、将来に「希望」を持てなければいけない。不自由で争いに満ちていて絶望していたら「フィットする暮らし」なんてつくれないんです。

佐宗 なるほど。マニフェストはどんなふうに使っているんでしょうか?

青木 これが事業の構造やドメイン、ビジネス上の意思決定を規定するものになります。

ユニークなポジションを持ったほうが無用な競争に巻き込まれませんし、EC事業というのはやればやるほど顧客リストが増えていく仕事なので、基本的には来年のほうが売り上げを上げやすくなります。蓄積と複利の力を利用できる、希望のあるタイプのビジネスです。

逆に、うちが卸売をやらないのは、このマニフェストに反するからです。卸売の事業には蓄積と複利の力が働きづらいので、「自由」「平和」「希望」とぶつかってしまう。とくに初期においては取引先との力関係が生まれてしまうので、自由度はかなり制限されることになりますよね。

 「北欧、暮らしの道具店」を生んだクラシコムは、理念体系をどう整備してきたのか?
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。