ふじみつさんの死や病気への恐怖感は、1日でも長く生きるためのエネルギーになってくれているのだと思います。死が怖いから何もできない、と身体がすくんでしまうほどの大きな不安なら、目の前の生を全うできなくなってしまうようで心配ですが。

 逆に「死が怖くない、むしろ死にたい」って思いながら生きる1日もまた違った辛さがあります。

 高齢になり自分と同世代の人が亡くなった経験のある人は、だんだんと死が他人事ではないと感じ、穏やかな気持ちでいられるように見受けられます。

 緩和ケア病棟の看護師や葬儀社など、人の最期に関わる職業の中には、死に対し特別な感情を抱かなくなる人もいます。ふじみつさんは、今は死ぬことを自分のこととして受け入れるタイミングではないから、恐ろしいと感じるのかもしれません。

 積極的に生きている人と消極的に生きている人がいると思っています。

 積極的に生きている人は、もっと幸せになりたいし、やりたいことがたくさんあるし、そのために自分磨きをしていて。現状への悩みや過去のしがらみで立ち止まることもあるけれど、その先に「より良い自分自身の未来」を見ている人。

 消極的に生きている人というのは、死にたいと思っているわけではないけれど、明日余命宣告されたら「まあ、そんなもんか」って受け入れちゃうだろうなっていう人。死に対して恐怖がないというより、生に対して執着がないって感じかな。

 普段多くの人が積極的にこの話をしようとしないのは、悲しくなるからという理由のほかに「死生観は人によってそれぞれだから踏み込まない」気持ちもあるのかもしれませんね。