五感をデザインすることで、一瞬が永遠になる

グリコがお菓子とともに創造してきた「体験」の力Toshiaki Sato
東芝、ソニー、NECを経て、2019年より江崎グリコに勤務。ライフスタイルや生活対象者からデザイン価値を精査、コモディティ化したビジネスを活性化するデザイン活性化手法と価値の理解を浸透を得意とする。「デザインセミナー」「カラーマテリアルセミナー」など、アカデミーヒルズ、日本ファッション協会、大学などにおける教育講演多数。日本カーデザイン大賞選考委員(2013年/2019年)

 このようにグリコのお菓子について熱く語っている私ですが、実は江崎グリコに入ったのは19年のこと。それまでは、東芝、ソニー、NECで耐久消費財のデザインを手掛けてきました。携帯電話やCDプレーヤーなどのデザインにおいて、一貫してこだわってきたのはお客様の「愛着」を引き出すことです。「形態は機能に従う(Form Follows Function)」はデザインの原則ですが、長期的なブランド価値を形作るためには、直感や記憶といった情緒に訴え掛けることも重要です。機能性や利便性を前提としつつも、使うほどに生活になじみ、所有することそのものに喜びを感じる。そんな長期的な満足を使う人にもたらすのが、良いデザインなのです。

 一方、食品から「おいしさ」を感じるのは一瞬です。店頭で選ばれるのも一瞬ですから、ネーミング、パッケージの色彩、形などの工夫で、その一瞬でワクワクする感情を引き出さなくてはいけません。加えて、スーパーやコンビニの棚で注目され、商品選択につながる情報を過不足なく伝え、スームズに購買行動に誘導することも重要です。しかし、その体験は一瞬で消え失せるかというと、そんなことはありません。

 私はNEC時代に、社員食堂のメニューの改善に取り組んだことがあります。材料調達の効率化やコストを優先するあまり「食べる楽しさ」がおざなりになっていた状況を改めるべく、ユーザー(社員)目線で新しいメニューを提案したのです。これが社員の好評を博したのですが、ランチの満足度によって午後からの仕事の活力まで左右されることが分かりました。小さなイノベーションですが、私にとっては大きなヒントでした。

 「食」には五感(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)が全て含まれていて、人の感情を大きく揺さぶります。だからこそ、食べる体験そのものは一瞬でも、人を笑顔にし、時には一生忘れられない思い出になる。私が食品のデザインに興味を持ったのは思えばこれがきっかけでした。そして、時間をかけて愛着を育む耐久消費財のデザインの経験は、食品業界でも生かせるのではないかと考えるようになりました。そんな私にとって、創業時から一貫して顧客の体験を重視してきた江崎グリコという会社は、非常に魅力的な環境だったのです。