【マンガで学ぶ】お金が「紙くず」になっても資産を守る…超富裕層向けプライベートバンクの“最大の使命”とは?『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第2回は「まさか」の事態への備えを説き、大学ファンドのあり方を問う。

「お買い物パワー」を守れ!

 私立中高一貫校「道塾学園」のミステリアスな「投資部」に強制入部させられた主人公・財前孝史。生徒が運営する「学内ヘッジファンド」が3000億円もの巨費を年8%の高利回りで運用し、学校の運営費を稼ぎ出しているという途方もない話を、自分を騙す罠だと勘繰る。その疑いを見抜いた部長の神代圭介は巨大な金庫の中に財前を誘う。そこには投資部の先達らが築いた美術品や金塊など、現物資産が大量に眠っていた。

「学校運営にかかる経費は資産運用の利回りで賄い、学外から一切の援助を受けない」。第2話『秘密の系譜』では「道塾」創設者である藤田金七の方針が紹介される。ファンドの利益で学校運営というスキームは、時節柄、日本が鳴り物入りで始めた10兆円規模の「大学ファンド」を思わせるが、この言葉から、思想・発想が真逆と言って良いほど質の違うものなのがわかる。

 一番の違いは独立性だ。「学外から一切の援助を受けない」という自主独立の精神は、独力で財を成した事業家らしい発想だ。その重みは、日本経済の歩みを描いた見開きのページに強烈に示される。道塾投資部130年の歴史には当然、第二次大戦の敗戦が含まれる。この「敗戦を乗り越えた」という設定は、長期投資の本質を表す。

 欧州に起源をもつ超富裕層向け銀行プライベートバンクの最大の使命は「顧客の資産を守ること」だとされる。何から守るのか。国家と通貨の混乱から、だ。戦争で国家が滅びようと、インフレや国債の債務不履行で「お金」が紙くずになろうと、何らかの手段で富を守り、子孫へとつなぐ。一部の老舗プライベートバンクはいまだに「自国の国債には投資しない」という方針を貫いていると仄聞する。

ガラガラポンが起きたらどうする?

 一般人にそこまでの覚悟と用意を求めるのは無理だ。だが、長期投資の狙いが「国や自国通貨がどう転んでも、個人として、人生に必要な購買力をキープする」ことにあるのは意識しておきたい。通貨の購買力とは、要は「お買い物パワー」と考えればいい。円安で自分たちの「お買い物パワー」が落ちたのは、日々実感するところだろう。通貨、株式、債券、不動産、海外資産など、形は何でも良い。守るべき、高めるべきは「お買い物パワー」だ。

 この視点で見れば、投資部の金庫に眠る実物資産の存在感はずしりと重い。戦後の預金封鎖・新円切り替えのような通貨制度の「ガラガラポン」が起きたとき、頼れるのは本質的価値を持つ実物資産だけ。年金などで金(ゴールド)を代替投資(オルタナティブ)の一部と位置付ける流れがあるのは同じ発想だ。

 独立性という観点で、道塾投資部は米国の大学の基金に近い。ハーバード、エール、プリンストンなどは卒業生からの寄付金を元手に巨額の運用益を積み上げている。日本にも同様の試みはあるが、スケールが違いすぎて「学外から一切の援助を受けない」からは程遠い。

 ついでに我が国の官製・大学ファンドについて私見を。「国が出した金を運用して利益を出す」というスキームは、煎じ詰めると、通貨発行権のリスキーなマネタイズでしかない。にわか仕立ての「箱」が打ち出の小槌になるほど世の中、甘くはない。大学の研究レベル向上が国家の課題だと言うなら、正面から財政を使えばよい。さらに言えば国立大学法人化と緊縮路線という失策こそ、先に検証・見直しを進めるべきではないか。

 そんなフラフラとした大学ファンドと比べれば、道塾投資部の腰は据わっているようだ、と持ち上げて締めくくるつもりだったが、この第2話、最後はずいぶんトリッキーな流れで終わる。

「手始めに100億ばかり運用しろ」と言われ、「無理ですよ」「いろいろ勉強してからでないと」と答える財前。それに対する神代の答えが、こうだ。

「投資に勉強なんて必要ない!」

 いやいやいや。さて、どうなることやら。