春に強く降る雨
―広重《東海道五十三次 土山 春之雨》

歌川広重《東海道五十三次 土山 春之雨》1833-34年歌川広重《東海道五十三次 土山 春之雨》1833-34年

 広重は、あらゆる季節や時間で、様々な降り方をする雨を残しています。例えば、白雨と異なる雰囲気で描かれる「春雨」。春に降る雨は、実際にはしとしとと優しく降ったり、冷たい雨だったりと様々な降り方があるのですが、《東海道五十三次 土山 春之雨》で広重が描いたのは春に強く降る雨です。

 現在の滋賀県甲賀市にある土山宿への峠道は、雨の多い場所。交差する線で雨を表現していて、風も感じられます。春には発達した低気圧がしばしばやってきて、強い風と雨をもたらしますが、その様子を捉えているのでしょう。低気圧による雨は、突然降るというよりも、雲が増えて空が暗くなり、雨が落ちてくるといったように徐々に変化するため、人々が笠をかぶり、慌てた様子がないのも大きな違いです。また、雨に雪解け水も加わって嵩を増した川の音だけが聞こえるようで、暖かくなってきた春を感じさせます。

 他にも線の数を少なくした梅雨のしとしと雨や画面を覆いつくすほどの激しく降りしきる雨など。広重は多彩な日本の雨の特徴を、浮世絵ならではの表現で残しました。また、雨によってもたらされる人々の感情をも描いており、現代の人々でも、思い思いに自分と重ねて鑑賞できるような楽しさがあります。

 日本人が雨と密接な関係を築いてきたのは、天気の特徴が大きく影響しているといえます。仕事柄、世界の気象を調べることが多いのですが、日本は諸外国に比べると雨の降り方が実に多様で、驚かされることが多いのです。雨の名前とその意味を書いた辞典があるほど。海に囲まれているため雨が降りやすく、北の寒気も、南の暖かな空気も流れ込む、絶妙な地理環境です。日本人にとっては当たり前の梅雨も、世界的に見ればアジアの一部だけの現象で、台風もアジアやアメリカ、インド、オーストラリアの一部など限られた場所しか上陸しません。

 日本人は、古くから豪雨に見舞われ、命を奪われることも幾度となく経験してきました。そのため命に直結する雨に畏怖を抱くようになったと思われます。また、農耕民族である日本人にとって、雨は農作物を育む命そのもの。それが自然、水への信仰につながっていったのでしょう。中国から伝わった水神の竜や大蛇が定着、水の神の河童なども生まれ、それぞれにストーリーをもって古くから語り継がれてきました。現代では、アニメ『千と千尋の神隠し』の登場人物ハクが竜の姿で描かれていましたが、川や海の神を竜とすることも中国や日本の伝統的な表現ですね。