人生で「貯める」ことに慣れすぎた私たちは、いつのまにか「生きる」ことを先送りしていないだろうか。老後の安心を追い求めて働き続け、気づけば、いちばん大切な「今」を削って生きている――。話題を集めるベストセラー書籍『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』は、そんな私たちにこう問いかける。「今しかできないことに、惜しみなく金を使え」、そして「ゼロで死ね」と。私たちは人生をどう生き切ればいいか? そのために金をどう使うべきか? そのヒントを、ひとりの“生き切った男”の物語とともに探っていく。(執筆:前田浩弥、企画:ダイヤモンド社書籍編集局)

老後に後悔すること1位は「自分らしく生きればよかった」。では意外すぎる2位は?Photo: Kristina Blokhin/Adobe Stock

今世を生き切り、「ゼロ」で死ぬ

馴染みの居酒屋の常連仲間だったチョーさんが他界して、もうすぐ1年になる。

初対面で交わした会話は、今でも忘れられない。

「前田くんは、まだ結婚していないのか」
「はい」
「じゃあ、まだ女を騙したことがないんだな」
「……というと?」
「おれは一度、女を騙したことあるぞ。『お前を幸せにする』ってな。いまだに幸せになってないんだからあいつ。がはは」

粋なのか野暮なのか、よくわからないじいさんだった。

チョーさんの葬式は、(一般的には葬式に使う表現ではないのかもしれないが)にぎにぎしく執り行われた。チョーさんが取り仕切っていた太鼓仲間が盛大に太鼓を打ち鳴らし、みなそれぞれ、悲しみの中にいくらかの明るさを抱いてチョーさんを送り出した。親族席には、「いまだに幸せになっていない」はずの奥さまと、その間に生まれたお子さんたち、そしてチョーさんが「孫ロック」と呼んでいた6人のお孫さんの姿があった。

チョーさんは若いころから、「宵越しの銭は持たない」を地で行く生き方をしていたという。本人からその話を聞いたときには、「自分の年の半分ほどしか生きていない酒飲みに大きなことを言いたいだけなのだろう」と話半分に聞いていたが、チョーさんの死後、彼に関する数々の「伝説」を常連仲間から聞くうちに、どうやらさほど間違いではないらしいことがわかってきた。

一方で常連仲間は、「昔から、稼ぎの割には金遣いが豪快だったチョーさんだが、金欠でご家庭が崩壊の危機に瀕しているという話も聞いたことがなかった」という。チョーさんは豪快なようで「最低限」のラインはしっかり守る、バランスのとれたじいさんだったのだ。

そして闘病生活を始めてから半年も経たずに、パッと散った。今世に残る人間に強烈な思い出を残して。

あぁ、チョーさんは「生き切った」んだな、と思った。『DIE WITH ZERO』の著者であるビル・パーキンスがいう、「ゼロ」に限りなく近い状態で死んだんだな、と。DIE WITH ZERO=ゼロで死ね。「ゼロ」とはシンプルに、所持金のことを指す。「死ぬときは所持金ゼロであれ」ということだ。

人は老化には逆らえない。いつかは誰もが死ぬ。だからこそ、限られた時間のなかで最大限に命を燃やす方法を考えなければならない。
――『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(p.18)

「老後への備えすぎ」は、「安心」ではなく「後悔」をもたらす

『DIE WITH ZERO』のなかに、緩和ケアの介護者として数多くの患者を看取ってきた知人から著者が聞いた、余命数週間となった患者たちが語る「人生で後悔していることトップ2」を紹介している一節がある。

後悔の第1位は「勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった」。他人が望む人生を生きるのではなく、自分の心の赴くままに夢を追い求めればよかったという後悔だ。そして第2位は「働きすぎなかったらよかった」。働きすぎた結果、子どもやパートナーと一緒に時間を過ごせなかったという後悔だ。

「2大後悔」の根っこは、実は同じところにある。

なぜ、自分に忠実に生きられなかったのか。なぜ、働きすぎてしまったのか。それはともに、安定した収入を得続けるためである。なぜ安定した収入を得続ける必要があったのかといえば、それは日々生活をしながら貯蓄をするためである。何のために貯蓄をするのかといえば、それは老後のためだ。

しかし、「老後のため」にあくせく働き、せっせとお金を貯めた結果はどうだろう。満を持して訪れた老後、抱くのは後悔である。こんなに残念なことがあるだろうか。

「今しかできないことに、惜しみなく金を使え」

著者であるパーキンスはこう語っている。

私たちはつい、「老後の安心」を求めるがあまり、「確かに生きている今日」を削りすぎてしまう。その「削りすぎ」が老後、「あんなに削らなければよかった」「もっとあのときを大切にしていればよかった」という後悔をもたらす。

本当に後悔しないのは、「安心して老後を迎えられる人生」より、「今しかできない経験を、そのときそのときで目一杯に積み重ねてきた人生」なのだろう。

『DIE WITH ZERO』を読み進めながら、私は、チョーさんの「晴れやかな葬式」の風景を重ね合わせていた。

(本原稿は、『DIE WITH ZERO』(ビル・パーキンス著・児島修訳)に関連した書き下ろし記事です)

前田浩弥(まえだ・ひろや)
フリーライター・編集者
1983年生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務、出版社勤務を経て、2016年に独立。ビジネス分野とスポーツ分野を中心に、書籍や雑誌の企画・執筆・編集に携わる。主な編集協力書籍に『リーダーは偉くない。』『今日もガッチリ資産防衛 1円でも多く「会社と社長個人」にお金を残す方法』(以上、ダイヤモンド社)『凡人でも「稼ぐ力」を最大化できる 努力の数値化』(KADOKAWA)などがある。