【対談】細尾真孝×高木正勝「新しさを求めるがゆえにルーツをたどる」Photo by Itsumi Okayasu

2020年に西陣織(京都の西陣地域でつくられる先染めの織物)の老舗「細尾」の12代目を継いだ細尾真孝氏と、音楽家として国内外で活躍する高木正勝氏。実は2人は学生時からの旧知の仲である。今回、数年ぶりに再会し、細尾が展開する西陣織ブランド「HOSOO」の旅籠店で、細尾の数々のコレクションや、ギャラリーで展開している吉田真一郎氏の新作展示を巡りながら、「仕事や日常の環境を大切にする理由」や「感性や美意識が育つ上で大事なこと」を対談してもらった。「誰もがクリエイターになることができる」と語る細尾氏と、「歌にあふれている場所は次の命がたくさん生まれる場所」と語る高木氏。そこには染織と音楽の共通点もあった。(構成/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光)

美しい環境や美しい音楽は
人を変える力がある

――おふたりはいつから交流があったのでしょうか。

細尾氏細尾真孝(ほそお・まさたか)
1978年、京都生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う。2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。2021年初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事、ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問。 Photo by Itsumi Okayasu

細尾真孝(以下、細尾) たしか20歳前後、大学生の時だったと思います。当時、「EUTRO」というユニット名で音楽活動をしていて、高木君とは音楽レーベルも一緒でした。

高木正勝(以下、高木) そうですね。僕は青木孝允君と「SILICOM」というユニットを組んでいて、音楽レーベル「PROGRESSIVE FOrM」に所属していました。

細尾 当時、盛り上がりを見せていた音楽シーンのひとつに、エレクトロニカや実験音楽がありました。私たちの活動拠点だった京都にはDumb Type(ダムタイプ)という偉大な先輩もいましたし、この時代にしかできない表現活動って何だろうと、実験的な音楽や映像をいろいろと試しながら皆が模索し始めていた、そのような時期でしたね。

――PROGRESSIVE FOrMに所属するアーティストの活動は、国内外で高い評価を得ていましたね。

高木 皆、今はいろいろなシーンで活躍しています。青木孝允君はサカナクションと一緒に音楽をつくっていたり、黒川良一君はベルギーでオーディオビジュアル表現のアーティストとしても活躍しています。

細尾 徳井直生君は今、Qosmo(コズモ)という会社をやっていて、慶應の大学院で准教授もしている。また、Rhizomatiks(ライゾマティクス)との活動だったり、メディアアートの可能性を切り開いていっていますね。実は最近、一緒に仕事をしていて、実験的な織物のソフトウエアの開発を行っているんです。

 先日(2021年12月20日)、シルクとヘンプを用いた細尾の新作コレクション「HERITAGE NOVA」を発表したのですが、そのイメージムービーの音楽をDJ KENSEIさんにお願いしました。初期の「Mo' Wax」(「UNKLE」としても活動するJames Lavelleが1992年に設立したイギリスの音楽レーベル)のような、バリバリのヒップホップをつくってもらいました。

高木 DJ KENSEIさんは、PROGRESSIVE FOrMを立ち上げたメンバーなんです。クラブミュージックから始まって、いろいろな分野に手を出してみたけれど、みんなそれぞれ一番得意なところに収まった気がする。それぞれ専門的になった分、当時と比べると少しだけ味気なさも感じていた部分があったけれど、今日、細尾君に久しぶりに会ってみると今も幅広くやっていて、あ、いいなと思った(笑)。でも、細尾君が西陣織の会社を継いで、こういった活動をすることは予想していなかったな。

細尾 家業が西陣織ということはみんなに言っていなかったものね。その頃は自分も家業を継ぐつもりはあまりなかった。

高木氏高木正勝(たかぎ・まさかつ)
1979年、京都生まれ。2013年より兵庫県在住。ピアノを用いた音楽と、世界を旅しながら撮影して制作する映像の、両方を手がける作家。国内外でのCDやDVDリリース、美術館での展覧会や世界各地でのコンサート、映画・CMの音楽など、多様な活動を展開。2009年、Newsweek日本版で「世界が尊敬する日本人100人」の1人に選出。プライベート・ピアノ曲集『Marginalia(マージナリア)』シリーズのほか、NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」、細田守監督の「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」、スタジオジブリを描いたドキュメンタリー「夢と狂気の王国」などのサウンドトラックや数多くのCM曲を手がける。著書にエッセイ集『こといづ』(木楽舎)。 Photo by Itsumi Okayasu

高木 細尾君といえば単管(建築工事で用いられる単管パイプ)だよね。当時、周りはほとんどが学生で、技術もかけられるお金もほとんどない。そのような中、細尾君はひとりだけスケールが違った。1回の音楽イベントにものすごい手間暇とお金をかけていて、1日のみの音楽イベントの規模じゃなかった(笑)。

細尾 なつかしいね。映画『ブレードランナー』のような世界観をつくりたくて、1階建てのクラブの中に徹夜で単管を組んで、イベント当日は2階建てのクラブになっている(笑)。何がクリエイティブで、どうすればおもしろくなるのか、空間演出という意味でもその頃、いろいろと試していた時期でしたね。

高木 そのスケール感は今でも変わっていないよね。

――空間の話が出ましたが、おふたりの職場の空間について教えてください。細尾さんは、著書『日本の美意識で世界初に挑む』の中で、「美しい環境は人を変える」と述べています。細尾のオフィスでは、独自に調合した香りを香らせ、植栽の専門家に毎週来てもらってエントランスに花を生け、エントランスやショールームなどにはオリジナルの環境音を流していると聞きました。

 もちろん、染織、ショールームやギャラリーの併設、京都という土地柄といった状況もあるかと思いますが、世の中の大半の企業は、そこまで職場の空間にこだわっていないと思います。細尾さんは、経営層が職場環境を大切にすることで、どのような効果があると考えますか。

細尾 おっしゃる通り、一般的な企業では「オフィスにそこまで手間とお金をかけていられない」「そんなのはムダだ」と考える経営層は多いと思いますし、意識さえしてない人もいると思います。